死にたいほどの悩み事を抱えるあなたに私が何か言うとしたら

ガックリとうなだれる女性

あなたがどんな深刻な悩みを抱えてここを訪問してくれたのかはわかりませんが、悩み事がどんなことであれ、私が言いたいことはひとつだけです。

悩み事なんて本当はとてもスウィートで、悩んでいられるうちはまだ幸せなのです。

今は到底そう思えないでしょうが、人間悩んでいられるうちが花なのです。

それに気づけば、いま抱えてる悩み事も劇的に減ることでしょう。お互いそんなことで悩んでいる場合ではないのですから。

悩む時間すら与えられなかった人々

骸骨

私たちは明日も今日と同じように太陽が昇って朝が訪れることを疑いもせず信じています。

明日も今日と変わらず悩み事を抱えて、今日と同じような1日を送る。そのことをきっとあなたも疑ってないでしょう。

悩みを抱えたまま「生きる状態が維持される」と思うから、きっとストレスは日々蓄積する一方なのでしょう。

メメントモリ

ラテン語の「メメントモリ(memento mori)」という言葉をあなたも一度は聞いたことがあるかもしれません。

メメントモリは直訳すると、「汝の死を想え」という意味で「自分自身にいつか必ず訪れる死を忘れるな」という警句です。

その趣旨は「今を楽しめ」ということ。終わりを意識することで、より良く生きることができるのです。

「食べて飲んで、そして陽気になろう。我々は明日死ぬから」

それは一見すると刹那主義的な楽観思考にも思えますが、次のような歴史の悲劇によりできあがった死生観でした。

ポンペイの悲劇

溶岩

ポンペイは、かつてローマ人の余暇地として繁栄したイタリア・ナポリ近郊にあった古代都市です。

79年のヴェスヴィオ火山噴火による火砕流によって一夜にして都市全体がその市民ごと完全に地中に埋まり、ポンペイはこの地上から消滅しました。

噴火により発生した火砕流の速度は時速100kmを超え、市民は到底逃げることができず、一瞬のうちに全員が生き埋めになりました。

後に発掘されたときには遺体部分だけが腐ってなくなり、火山灰の中に空洞ができていたといいます。考古学者はそこに石膏を流し込み、ポンペイ市民の最期の姿を再現しました。

それらの中には恐怖の表情がはっきり分かるものもあります。

母親が子供を覆い隠し、襲い来る火砕流から子供だけでも守ろうとした様子も、飼われていた犬が悶え苦しむ様子も生々しく再現されました。そして、焼いたままのパンや、テーブルに並べられたままの食事と食器も。

これは火砕流が一瞬にしてポンペイ市を埋め尽くしたことを示しています。爆発時の町の人口は1万人弱で、市場やバーやレストラン、円形劇場が噴火直前まで営業していた痕跡があります。

その遺跡は現在、ユネスコの世界遺産に登録されています。ラテン語のメメントモリ(汝の死を想え)という死生観は、この悲劇に由来します。

悩み事はすべて同じルーツから

骸骨だらけ

あらゆる悩みの生まれる原因(根っこ)は何でしょう?

それは「自分は死なない」と思っていることです。

来週も、来月も、来年も、5年後もその先もずっと今と同じように自分が生きていると思っている。

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無意識のうちにそれを前提にしているから選択・決断することや行動することを先延ばしするのです。

ずっと生き続けると思ってるから、過ぎた過去のことをいつまでも後悔していたりするのです。自分を変えようとせずに、自己嫌悪に浸っていられるのです。

誰かと自分を比べて落ち込んでなどいられるのです。いちいち他人の目なんか気にしていられるのです。どうでもいい思い込みに縛られていられるのです。大切な人をいつも後回しにしていられるのです。

「有限の命」を意識すると人生の質が変わる

命=「時間」という認識はあなたにはありますか?

死を意識せずに生きていると、時間よりもお金のほうが人生において価値あるものであるような錯覚に囚われます。

ですが、実際には命=「時間」なのです。

何かをしている時、誰かと会っている時、私たちはそれぞれの「命」を削りながらそうしているのです。

シークバー

人生は1本の動画のようなもので、シークバーが端まで進むとそこで終わります。

私たちが悩むことなんかに時間を使えるのは、自分の残り再生時間を知らないからなのです。

お前が「死にたい」といって無駄に過ごした今日は、昨日死んだ奴が一生懸命生きたかった明日なんだ

有限の命を意識する場面は、日常生活でそうそう多くはありません。だからこそ、自分で意識的に思い出したい言葉です。

余命3ヶ月の宣告

ささやき

もし悩みを抱えたあなたが余命3ヶ月と宣告されたら?シークバーの中の現在地を知ってしまうとどうなりますか。

悩んでいるヒマなんかないんじゃないでしょうか。

「今のままじゃダメだと分かっちゃいるけど、なかなか自分を変えられなくて…」なんていってられますか?

誰だって締め切りの迫った仕事はやるでしょう?

逆に最終期限が決まっていないと、際限なく先延ばしにしてダラダラしてしまうものです。

だから私は「もしかしたら、3ヵ月後に死ぬかもしれない」と思って今を生きています。

こうすると、後ろばかりみて悔やんでなんかいられなくなりました。大切な人に感謝の言葉を伝えられるようにもなりました。

ましてや、他人を羨んでヘコんでいる場合じゃないでしょう?

借り物の時間・借り物の体の返却期限は3ヵ月後なんですから。

さいごに

青空

これは仮定じゃなくて真実かもしれないのです。死は必ずしも年齢順に訪れるわけではありません。

「3ヵ月後に死ぬなんて絶対にあり得ない」と言い切れるでしょうか?

私は言い切れません。

もしかしたら私が今夜事故で死ぬかもしれないし、あなたの余命があと3ヵ月かもしれない。

それはもう本当に、誰にも分からないのです。分からないからこそ生きていけるともいえます。

残りの寿命が分からないから、いつまでも同じことで悩んでいられる。

あなたも私も、今年が自分自身の晩年になっても悔いはないでしょうか?そう考えて、改めてその悩み事に目を転じてください。

あなたの今日がほんの少しストレスフリーに近づくことを願って。

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